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オーナー通信

地域密着! トップインタビュー/第36回ごとう醤油 代表取締役社長 五嶋 隆二様

更新日:2017年12月01日
第36回 地域密着! トップインタビュー
今回は、創業100年を超え、伝統の味を守りながらも、ユニークな商品開発で話題になっている4代目 五嶋隆二社長をお訪ねいたしました。
「伝統の味」「北九州産」にこだわる
■創業104年(大正2年創業)の御社の歴史をお聞かせください。
五嶋社長:創業当時、町内には醤油屋さんが4軒程ありました。その頃の我々の商売は個人のお客さまに配達をする、漫画サザエさんの三河屋サブちゃんのような配達スタイルで、競合の中を生き抜くためにいろんなことをしながら、気がつけば100年経っていました。その配達先というのは昔から住んでいるご高齢の方が中心だったのですが、その中で自分が今後10年20年、この商売でやっていけるのか、インターネットや買い物のスタイルがどんどん変わっている中、この販路、販売ルートでは難しいのではないかと考え、小売業・卸売・小売店での販売に力を入れ始めました。
■平成23年に株式会社化され、また4代目を受け継がれた際の想いをお聞かせください。
五嶋社長:以前はこの街があまり好きではありませんでした。しかし、地域のお手伝いをした際に、地域の子供達を見て、「この子達がこの街を嫌いになって出て行ってしまったら、この街に人がいなくなる」と思い始めました。我々ごとう醤油が100年継続できたのも地元のお客さまのおかげだということに改めて気づかされ、「もっと地元に関わる仕事をしないといけない」「もっと地元を知ろう」「地元にはどんなものがあるのか」と、非常に興味を持ち始めました。そして、もっと北九州の食をPRできるものを何か作れないか、北九州の食の魅力を発信したいと思い、地元のものを使って商品化に取り組みました。
■そのような「北九州の食」を全国に発信すべく注力しているブランド作りについて、どのような取り組みをされていらっしゃるのかお聞かせください。
五嶋社長:きっかけは、東京の展示会に行き、地元との関わりが足りないと思いながら帰ってきたときに、北九州空港で地産地消というポスターが目に入り、強い衝撃を受けたことです。ポスターをよく見ると北九州市地産地消課とあり、戻ってから思い切って問い合わせをし、北九州の「もの」と関わった商品を作りたいという話をしました。その後、地産地消課の方にお会いし、再度自分の気持ちを伝えると、地産地消課は立ち上げたばかりなのでいろいろとやってみたい、と言っていただけて意気投合し、多くの方をご紹介いただきました。農家の方から野菜の作り方やこだわりを教わり、その想いをもとにドレッシングづくりを行う、そしてまた別の農家の方をご紹介いただくなど、どんどん人の輪が拡がっていきました。
生産者と話をしながら一番大事にしているのは、その食材を食べるときに「どうしたら一番おいしいか?」「何が一番合うか?」と考えることです。生産者は、シンプルで一番おいしい食べ方を知っています。例えば、シイタケ農家の方は、「うちのシイタケはカボスで食べたら一番うまい」と教えてくれました。当時、ドレッシングにカボスをいれたものはなく、貴重なヒントとなりました。「何とかカボスを取り入れたい」と、ひとりで試行錯誤し、皆に試食してもらい、一つ一つ丁寧に作り上げていきました。
■『プリン専用醤油』『かき氷専用醤油』などユニークな商品を開発されていますが、そのユニークな発想は、どのような過程で生まれるのでしょうか?
五嶋社長:企画会社のYKSTORESの吉田氏と一緒にやっています。「こんな商品無いよね」というところから、名前を売るための商品、マスコミが取り上げてくれるような商品って何だろうと考え、最初は「プリン専用醤油」はどうかという話になりました。しかし、プリンに醤油をかけてもプリンと醤油の味しかしないよね、だったら、ウニになるような味を作ろう、ということで作り始めました。「かき氷専用醤油」では、甘い醤油を何とか作れないかと思い、パイやお餅など、普段かけないものにかけよう、もっと甘くしたらかき氷にもかけられる、という発想から生まれました。すると、夏場に話題になる商品となり、新たな市場「スイーツ」という分野を開拓することができました。夏場になれば必ずどこかが取り扱ってくださる商品となり、それを皮切りに地元企業とのコラボレーション企画、小倉記念病院さんとの100年の食プロジェクト等にも取り組みました。これらの取り組みは、それぞれの社長さん達とお話しをする中で「それやってみようか」「とりあえずおもしろそうだから」と軽い気持ちで取り組んでいますので、よく言えばチャレンジ精神旺盛ですが、そこから試作品ができるまでが大変です。
■北九州の魅力、また期待することをお聞かせください。
五嶋社長:北九州には、農作物や水産物のおいしいものが非常にたくさんあります。そのことを全国にもっと知ってもらいたいし、地元の方々にもそのおいしさをもっと味わってもらいたいと思っています。
我々がごく普通だと思っている刺身等も、博多では1.5倍位の値段になりますし、大阪・東京に行けば、更に高くなるか、鮮度が落ちてしまいます。ここに住んでいれば、本当に新鮮なものを手頃な価格で毎日食べることができます。あるとき、お客さまをスーパーにお連れした際に、フグ刺しが当然のように陳列されていることに驚いていました。トラフグではなかったですが、498円で皮まで入っていて、「これで498円って本物ですか?」と聞かれました。東京方面から来られた方は、筍の刺身やサバの刺身等にも感激されます。観光も含めてこれからも多くの人に来てもらい、知ってもらえたらと思います。北九州は特に海外からの観光客が多いので、多くの人に弊社の商品が拡がり、北九州といえば「これ」と言われるようになりたいです。
■プライベートの過ごし方をお聞かせください。
五嶋社長:あまりじっと家にいることが好きではありません。趣味はいろいろなところに旅行をすることで、歴史好きなので、特に飛鳥時代の町など奈良の南の方が好きです。出張中も時間があればどこか違うところまで足を延ばしたりしますし、海外は主にアジアがほとんどですが、日がな1日博物館に入り浸ったりしています。
最近では海外の商談会にも参加し、そこで知り合ったバイヤーから商品の引き合いがあったり、新しい商品開発の依頼があったりと、人の輪が拡がってきています。
■五嶋社長さま、本日は貴重なお話をありがとうございました。
取材日:平成29年9月29日(金)
ごとう醤油編集後記
今回のインタビューでは、地元北九州の良さを多くの方に知ってもらい、もっとおいしいものを味わってもらいたいという地元愛の強さに感銘を受けました。
もとは地域の方々への配達を主体として長い間営業をされてきたごとう醤油さまが、革新的で地産地消の商品開発をされるようになったのは、買い物スタイルが時代と共に変わっていく中、将来このままでやっていけるのかいう不安や、他の醤油屋さんではしないことをやりたいという強い想いに基づくものでした。
そして、外ばかり見て本当の北九州を見ていなかった、ということに気づいてからは、地元にもっと関わろう、もっと北九州のことを知ろうという想いで、地産地消の商品開発や多くの人の興味を惹きつけるユニークな商品の開発を手がけられました。さらにその中で、生産者・経営者など多くの人と出会い、そこからヒントを見出し、日常的に使ってもらえるものを社長さま自らが試行錯誤し開発していくという情熱的なお姿は大変印象的でした。
新しいものを作り出す時には、多くの時間と経費を費やす生みの苦しみが必ずあることと思いますが、次へ次へとチャレンジしていく姿勢は、私どもの会社でもぜひ参考にさせていただきたいと感じました。
最後になりますが、ユニークな商品を開発される過程のお話をされるときの楽しげな表情は、出会う人々に食のおいしさ、楽しさ、この街の良さを伝えているのだと思いました。
五嶋社長さま、お忙しい中、素晴らしいお時間をいただきありがとうございました。
第36回 地域密着! トップインタビュー
今回は、創業100年を超え、伝統の味を守りながらも、ユニークな商品開発で話題になっている4代目 五嶋隆二社長をお訪ねいたしました。
「伝統の味」「北九州産」にこだわる
■創業104年(大正2年創業)の御社の歴史をお聞かせください。
五嶋社長:創業当時、町内には醤油屋さんが4軒程ありました。その頃の我々の商売は個人のお客さまに配達をする、漫画サザエさんの三河屋サブちゃんのような配達スタイルで、競合の中を生き抜くためにいろんなことをしながら、気がつけば100年経っていました。その配達先というのは昔から住んでいるご高齢の方が中心だったのですが、その中で自分が今後10年20年、この商売でやっていけるのか、インターネットや買い物のスタイルがどんどん変わっている中、この販路、販売ルートでは難しいのではないかと考え、小売業・卸売・小売店での販売に力を入れ始めました。
■平成23年に株式会社化され、また4代目を受け継がれた際の想いをお聞かせください。
五嶋社長:以前はこの街があまり好きではありませんでした。しかし、地域のお手伝いをした際に、地域の子供達を見て、「この子達がこの街を嫌いになって出て行ってしまったら、この街に人がいなくなる」と思い始めました。我々ごとう醤油が100年継続できたのも地元のお客さまのおかげだということに改めて気づかされ、「もっと地元に関わる仕事をしないといけない」「もっと地元を知ろう」「地元にはどんなものがあるのか」と、非常に興味を持ち始めました。そして、もっと北九州の食をPRできるものを何か作れないか、北九州の食の魅力を発信したいと思い、地元のものを使って商品化に取り組みました。
■そのような「北九州の食」を全国に発信すべく注力しているブランド作りについて、どのような取り組みをされていらっしゃるのかお聞かせください。
五嶋社長:きっかけは、東京の展示会に行き、地元との関わりが足りないと思いながら帰ってきたときに、北九州空港で地産地消というポスターが目に入り、強い衝撃を受けたことです。ポスターをよく見ると北九州市地産地消課とあり、戻ってから思い切って問い合わせをし、北九州の「もの」と関わった商品を作りたいという話をしました。その後、地産地消課の方にお会いし、再度自分の気持ちを伝えると、地産地消課は立ち上げたばかりなのでいろいろとやってみたい、と言っていただけて意気投合し、多くの方をご紹介いただきました。農家の方から野菜の作り方やこだわりを教わり、その想いをもとにドレッシングづくりを行う、そしてまた別の農家の方をご紹介いただくなど、どんどん人の輪が拡がっていきました。
生産者と話をしながら一番大事にしているのは、その食材を食べるときに「どうしたら一番おいしいか?」「何が一番合うか?」と考えることです。生産者は、シンプルで一番おいしい食べ方を知っています。例えば、シイタケ農家の方は、「うちのシイタケはカボスで食べたら一番うまい」と教えてくれました。当時、ドレッシングにカボスをいれたものはなく、貴重なヒントとなりました。「何とかカボスを取り入れたい」と、ひとりで試行錯誤し、皆に試食してもらい、一つ一つ丁寧に作り上げていきました。
■『プリン専用醤油』『かき氷専用醤油』などユニークな商品を開発されていますが、そのユニークな発想は、どのような過程で生まれるのでしょうか?
五嶋社長:企画会社のYKSTORESの吉田氏と一緒にやっています。「こんな商品無いよね」というところから、名前を売るための商品、マスコミが取り上げてくれるような商品って何だろうと考え、最初は「プリン専用醤油」はどうかという話になりました。しかし、プリンに醤油をかけてもプリンと醤油の味しかしないよね、だったら、ウニになるような味を作ろう、ということで作り始めました。「かき氷専用醤油」では、甘い醤油を何とか作れないかと思い、パイやお餅など、普段かけないものにかけよう、もっと甘くしたらかき氷にもかけられる、という発想から生まれました。すると、夏場に話題になる商品となり、新たな市場「スイーツ」という分野を開拓することができました。夏場になれば必ずどこかが取り扱ってくださる商品となり、それを皮切りに地元企業とのコラボレーション企画、小倉記念病院さんとの100年の食プロジェクト等にも取り組みました。これらの取り組みは、それぞれの社長さん達とお話しをする中で「それやってみようか」「とりあえずおもしろそうだから」と軽い気持ちで取り組んでいますので、よく言えばチャレンジ精神旺盛ですが、そこから試作品ができるまでが大変です。
■北九州の魅力、また期待することをお聞かせください。
五嶋社長:北九州には、農作物や水産物のおいしいものが非常にたくさんあります。そのことを全国にもっと知ってもらいたいし、地元の方々にもそのおいしさをもっと味わってもらいたいと思っています。
我々がごく普通だと思っている刺身等も、博多では1.5倍位の値段になりますし、大阪・東京に行けば、更に高くなるか、鮮度が落ちてしまいます。ここに住んでいれば、本当に新鮮なものを手頃な価格で毎日食べることができます。あるとき、お客さまをスーパーにお連れした際に、フグ刺しが当然のように陳列されていることに驚いていました。トラフグではなかったですが、498円で皮まで入っていて、「これで498円って本物ですか?」と聞かれました。東京方面から来られた方は、筍の刺身やサバの刺身等にも感激されます。観光も含めてこれからも多くの人に来てもらい、知ってもらえたらと思います。北九州は特に海外からの観光客が多いので、多くの人に弊社の商品が拡がり、北九州といえば「これ」と言われるようになりたいです。
■プライベートの過ごし方をお聞かせください。
五嶋社長:あまりじっと家にいることが好きではありません。趣味はいろいろなところに旅行をすることで、歴史好きなので、特に飛鳥時代の町など奈良の南の方が好きです。出張中も時間があればどこか違うところまで足を延ばしたりしますし、海外は主にアジアがほとんどですが、日がな1日博物館に入り浸ったりしています。
最近では海外の商談会にも参加し、そこで知り合ったバイヤーから商品の引き合いがあったり、新しい商品開発の依頼があったりと、人の輪が拡がってきています。
■五嶋社長さま、本日は貴重なお話をありがとうございました。
取材日:平成29年9月29日(金)
ごとう醤油編集後記
今回のインタビューでは、地元北九州の良さを多くの方に知ってもらい、もっとおいしいものを味わってもらいたいという地元愛の強さに感銘を受けました。
もとは地域の方々への配達を主体として長い間営業をされてきたごとう醤油さまが、革新的で地産地消の商品開発をされるようになったのは、買い物スタイルが時代と共に変わっていく中、将来このままでやっていけるのかいう不安や、他の醤油屋さんではしないことをやりたいという強い想いに基づくものでした。
そして、外ばかり見て本当の北九州を見ていなかった、ということに気づいてからは、地元にもっと関わろう、もっと北九州のことを知ろうという想いで、地産地消の商品開発や多くの人の興味を惹きつけるユニークな商品の開発を手がけられました。さらにその中で、生産者・経営者など多くの人と出会い、そこからヒントを見出し、日常的に使ってもらえるものを社長さま自らが試行錯誤し開発していくという情熱的なお姿は大変印象的でした。
新しいものを作り出す時には、多くの時間と経費を費やす生みの苦しみが必ずあることと思いますが、次へ次へとチャレンジしていく姿勢は、私どもの会社でもぜひ参考にさせていただきたいと感じました。
最後になりますが、ユニークな商品を開発される過程のお話をされるときの楽しげな表情は、出会う人々に食のおいしさ、楽しさ、この街の良さを伝えているのだと思いました。
五嶋社長さま、お忙しい中、素晴らしいお時間をいただきありがとうございました。
今回は、創業100年を超え、伝統の味を守りながらも、ユニークな商品開発で話題になっている4代目 五嶋隆二社長をお訪ねいたしました。


代表取締役社長 五嶋 隆二様】

■創業104年(大正2年創業)の御社の歴史をお聞かせください。
五嶋社長:創業当時、町内には醤油屋さんが4軒程ありました。
その頃の我々の商売は個人のお客さまに配達をする、漫画サザエさんの三河屋サブちゃんのような配達スタイルで、競合の中を生き抜くためにいろんなことをしながら、気がつけば100年経っていました。
その配達先というのは昔から住んでいるご高齢の方が中心だったのですが、その中で自分が今後10年20年、この商売でやっていけるのか、インターネットや買い物のスタイルがどんどん変わっている中、この販路、販売ルートでは難しいのではないかと考え、小売業・卸売・小売店での販売に力を入れ始めました。

■平成23年に株式会社化され、また4代目を受け継がれた際の想いをお聞かせください。

五嶋社長:以前はこの街があまり好きではありませんでした。
しかし、地域のお手伝いをした際に、地域の子供達を見て、「この子達がこの街を嫌いになって出て行ってしまったら、この街に人がいなくなる」と思い始めました。
我々ごとう醤油が100年継続できたのも地元のお客さまのおかげだということに改めて気づかされ、「もっと地元に関わる仕事をしないといけない」「もっと地元を知ろう」「地元にはどんなものがあるのか」と、非常に興味を持ち始めました。
そして、もっと北九州の食をPRできるものを何か作れないか、北九州の食の魅力を発信したいと思い、地元のものを使って商品化に取り組みました。

■そのような「北九州の食」を全国に発信すべく注力しているブランド作りについて、どのような取り組みをされていらっしゃるのかお聞かせください。

五嶋社長:きっかけは、東京の展示会に行き、地元との関わりが足りないと思いながら帰ってきたときに、北九州空港で地産地消というポスターが目に入り、強い衝撃を受けたことです。
ポスターをよく見ると北九州市地産地消課とあり、戻ってから思い切って問い合わせをし、北九州の「もの」と関わった商品を作りたいという話をしました。
その後、地産地消課の方にお会いし、再度自分の気持ちを伝えると、地産地消課は立ち上げたばかりなのでいろいろとやってみたい、と言っていただけて意気投合し、多くの方をご紹介いただきました。
農家の方から野菜の作り方やこだわりを教わり、その想いをもとにドレッシングづくりを行う、そしてまた別の農家の方をご紹介いただくなど、どんどん人の輪が拡がっていきました。

生産者と話をしながら一番大事にしているのは、その食材を食べるときに「どうしたら一番おいしいか?」「何が一番合うか?」と考えることです。
生産者は、シンプルで一番おいしい食べ方を知っています。例えば、シイタケ農家の方は、「うちのシイタケはカボスで食べたら一番うまい」と教えてくれました。
当時、ドレッシングにカボスをいれたものはなく、貴重なヒントとなりました。
「何とかカボスを取り入れたい」と、ひとりで試行錯誤し、皆に試食してもらい、一つ一つ丁寧に作り上げていきました。

■『プリン専用醤油』『かき氷専用醤油』などユニークな商品を開発されていますが、そのユニークな発想は、どのような過程で生まれるのでしょうか?

五嶋社長:企画会社のYKSTORESの吉田氏と一緒にやっています。
「こんな商品無いよね」というところから、名前を売るための商品、マスコミが取り上げてくれるような商品って何だろうと考え、最初は「プリン専用醤油」はどうかという話になりました。
しかし、プリンに醤油をかけてもプリンと醤油の味しかしないよね、だったら、ウニになるような味を作ろう、ということで作り始めました。
「かき氷専用醤油」では、甘い醤油を何とか作れないかと思い、パイやお餅など、普段かけないものにかけよう、もっと甘くしたらかき氷にもかけられる、という発想から生まれました。
すると、夏場に話題になる商品となり、新たな市場「スイーツ」という分野を開拓することができました。
夏場になれば必ずどこかが取り扱ってくださる商品となり、それを皮切りに地元企業とのコラボレーション企画、小倉記念病院さんとの100年の食プロジェクト等にも取り組みました。
これらの取り組みは、それぞれの社長さん達とお話しをする中で「それやってみようか」「とりあえずおもしろそうだから」と軽い気持ちで取り組んでいますので、よく言えばチャレンジ精神旺盛ですが、そこから試作品ができるまでが大変です。
■北九州の魅力、また期待することをお聞かせください。

五嶋社長:北九州には、農作物や水産物のおいしいものが非常にたくさんあります。
そのことを全国にもっと知ってもらいたいし、地元の方々にもそのおいしさをもっと味わってもらいたいと思っています。

我々がごく普通だと思っている刺身等も、博多では1.5倍位の値段になりますし、大阪・東京に行けば、更に高くなるか、鮮度が落ちてしまいます。
ここに住んでいれば、本当に新鮮なものを手頃な価格で毎日食べることができます。
あるとき、お客さまをスーパーにお連れした際に、フグ刺しが当然のように陳列されていることに驚いていました。
トラフグではなかったですが、498円で皮まで入っていて、「これで498円って本物ですか?」と聞かれました。
東京方面から来られた方は、筍の刺身やサバの刺身等にも感激されます。
観光も含めてこれからも多くの人に来てもらい、知ってもらえたらと思います。
北九州は特に海外からの観光客が多いので、多くの人に弊社の商品が拡がり、北九州といえば「これ」と言われるようになりたいです。

■プライベートの過ごし方をお聞かせください。

五嶋社長:あまりじっと家にいることが好きではありません。
趣味はいろいろなところに旅行をすることで、歴史好きなので、特に飛鳥時代の町など奈良の南の方が好きです。
出張中も時間があればどこか違うところまで足を延ばしたりしますし、海外は主にアジアがほとんどですが、日がな1日博物館に入り浸ったりしています。

最近では海外の商談会にも参加し、そこで知り合ったバイヤーから商品の引き合いがあったり、新しい商品開発の依頼があったりと、人の輪が拡がってきています。

■五嶋社長さま、本日は貴重なお話をありがとうございました。
取材日:平成29年9月29日(金)


【編集後記】

今回のインタビューでは、地元北九州の良さを多くの方に知ってもらい、もっとおいしいものを味わってもらいたいという地元愛の強さに感銘を受けました。
もとは地域の方々への配達を主体として長い間営業をされてきたごとう醤油さまが、革新的で地産地消の商品開発をされるようになったのは、買い物スタイルが時代と共に変わっていく中、将来このままでやっていけるのかいう不安や、他の醤油屋さんではしないことをやりたいという強い想いに基づくものでした。
そして、外ばかり見て本当の北九州を見ていなかった、ということに気づいてからは、地元にもっと関わろう、もっと北九州のことを知ろうという想いで、地産地消の商品開発や多くの人の興味を惹きつけるユニークな商品の開発を手がけられました。
さらにその中で、生産者・経営者など多くの人と出会い、そこからヒントを見出し、日常的に使ってもらえるものを社長さま自らが試行錯誤し開発していくという情熱的なお姿は大変印象的でした。
新しいものを作り出す時には、多くの時間と経費を費やす生みの苦しみが必ずあることと思いますが、次へ次へとチャレンジしていく姿勢は、私どもの会社でもぜひ参考にさせていただきたいと感じました。
最後になりますが、ユニークな商品を開発される過程のお話をされるときの楽しげな表情は、出会う人々に食のおいしさ、楽しさ、この街の良さを伝えているのだと思いました。
五嶋社長さま、お忙しい中、素晴らしいお時間をいただきありがとうございました。